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人間の皆さんへ

わたしのことを書きます。全て趣味の宣伝活動ですので、広告収入等は受け取っておりません。

大和京介は今どこに居るのか

空前絶後のアニメやゲームの舞台化ブーム、2.5次元ミュージカル協会の設立、現代において「若手俳優」と括られる彼らは、今日も大勢のファンを魅了し続けている。そんな「2.5次元文化」の中心人物に、わたしの「若手俳優としての最後の推し」が居た。


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そもそもどうしてこんなにも、舞台界隈における2.5次元文化が流行したのかと言うと、殆どの人が予想している通り「売れるから」以外の何物でもないと思う。制作会社にしろ事務所にしろ、会社である以上儲けることが一番の目的であるし、どれだけファンが複雑な感情抱こうとも全くの関係の無い話なのである。


濁すとわけがわからなくなるので個人名で書かせてもらうが、前述した元推しの人物とは、佐藤R司さんである。佐藤さんのお仕事の1つに、「アイドルステージ」と呼ばれる特殊な舞台があった。ざっくり言うと、佐藤さんが架空のアイドルを「演じている」舞台なのだが、その考えはドルステ界隈における一番のタブーで、佐藤さんが演じているアイドルと、佐藤さんは「親友」という絶対的な世界観がある。この世界観を説明するだけではてなブログが埋まってしまうので、公式のQ&Aを抜粋させていただくと、


Q.パンフやブログに出演者の名前がないのですが…


A.アイドルステージ「プレゼント◆5」には、“舞台にてキャラクターを演じる出演者”という概念はございません。(公演概要ページ等、例外あり)。

作品内のアイドルたちは「現実に存在している」前提のもと、舞台における二部のライブ、Twitterやブログなどを公開させていただいております。

大人の「ごっこ遊び」を、出演者の皆様と共にお楽しみいただけますと幸いです。


…とのことである。ファンの間でAW(アナザーワールド)と呼ばれるこの世界観はとにかく説明がややこしいのだが簡潔にまとめると、佐藤さんが演じた大和京介というアイドルは「役柄」ではなくこの世に存在するアイドルで、佐藤さんはヤマトくんの「お友達」ということなのである。


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2015年10月15日、ヤマトくんがリーダーであるアイドルグループ「プレゼント◆5」はそれぞれ別々の道を歩むことを発表した。泣きすぎて死ぬんじゃ無いかってくらい泣いて、終演後に色んな友達がわたしの元に一目散に走ってきて心配してくれて、地元の駅について家に帰るのに徒歩15分のところを道に迷って1時間かけて帰った。ぷれごが自分の人生そのものであったわたしにとって、それくらい衝撃的であった。


ただ、ぷれごが本格的に活動が停滞した2015年1月から次のライブが発表された8月までの音信不通期間があまりにもあまりにもあまりにも地獄すぎて、「解散したこと」自体に対する感情は悲痛でも苦しみでもなくて、至って冷静で安らかなものだった。むしろ、無慈悲な終わらせ方をされたアイドルステージ第1弾よりも、ずっとずっと恵まれた「最後」であったので、ありがとう、今までありがとうという気持ちでいっぱいだった。(アイドルステージ第1弾に関してはとてもじゃないがわたしが語れる立場では無いので割愛させていただくが、絶対に知っておいてほしい。彼らがこの世界にいたことを、彼らを愛した方々がいたことを忘れないでほしい。)



別々の道を歩む、それは、ぷれごの「お友達」にとっては、俳優さんとして、声優さんとして、さらなる活躍への大きな一歩であった。演者というお仕事を続けていく上で、約3年前に始動したシリーズを終了させることは、彼らにとって有益であると充分に理解できていたので、本当に安らかな気持ちであった。


ぷれごが別々の道を歩んだのと同じ月の月末からは、ぷれごのお友達の佐藤さんと大平さんが出演される刀ミュのトライアル公演が予定されていた。勿論佐藤さんのファンであったわたしは激戦のチケットをなんとか必死にかき集めそれなりの枚数を準備し、公演に臨もうとしていた。そんな矢先にぷれごが解散し、それから5日経ったある日である。刀ミュトライアル公演初日の約10日前、突然公式のホームページに「舞台構成」についての記事が追加された。


ミュージカル刀剣乱舞は、前半は芝居パート、後半はライブパート。ペンライトやうちわの持ち込み可。とのことだった。


わけがわからなかった。本当にわけがわからなかった。アイドルステージ第1弾から続く、アイドルステージがアイドルステージである最大の特徴とも言える「舞台×ライブ」という舞台構成を、同じ社内とはいえ流用されることが、本当に、本当にわけがわからなかった。そもそも何故刀の擬人化に対してうちわやペンライトをふるのか、そもそも何故このタイミングで発表するのか、わけがわからなかった。音もなく裂け開いたままの痛みも感じなかった生傷に、突然粗塩を塗りたくられたような、その舞台構成の発表を見た瞬間、5日前にぷれごが解散した理由が「ミュージカル刀剣乱舞のためなんだ」というあまりにも単純すぎる思考と結論に至ってしまった。


冷静になって考えたらそんなわけないのはわかりきっているのだが、タイミングが、出演者が、なにもかも、10月15日に起きたことに対して直結してしまって、パニックを起こしたわたしはかき集めた最前含む刀ミュのチケットを全て譲渡に出した。初めて佐藤さんのお仕事に一度も行かなかった。初めて佐藤さんがインタビューされている雑誌を買わなかった。刀ミュを自分の中から消し去り、佐藤さんのお仕事の一部を欠落した状態でファンを続けていこうとした。


勿論、無理であった。自分の買っていない刀ミュ特集の雑誌で佐藤さんは知らない意見を述べている。刀ミュの有料公式ブログでは知らない佐藤さんの写真があがっている。熱狂的なファンってのは不思議なもので、あれほどまでに必死に追いかけていたはずなのに、ちょっとでも自分から知ろうとしないだけで、ここまでに冷めきってしまうのだと、本当に不思議であった。


完全に降りたわけではなく、その後もストレート2.5関係なく刀ミュ以外の現場には毎回足を運んでいたが、佐藤さんを観に来ているはずなのに、どこか第三者ようなフワフワとした目線であった。ただ、佐藤さんが必死にお稽古をされてお仕事に励まれているのは演技から充分伝わっていたのだが、あまりにも刀ミュのお仕事を最優先で考えてるようにしか思えなくて、つらくなって、「推し」が頑張ってる姿を応援したくないのに何故現場に行くのだろうかと哲学的な考えに至って、頑張ってた過去の自分の姿を思い出してさらにつらくなった。


最初の写真集のイベントで、佐藤さんはマルチに活動したいと仰っていた。今年のインタビューで、2.5次元のトップに立ちたいと仰っていた。わたしが佐藤さんを応援し始めた頃、高校の制服のまま劇場に通っていた頃、「この人は他の人とは違うオーラを持っている。舞台俳優というくくりで終わる人じゃない。すごい人なんだ」と盲信しきっていた。なにがわたしはいけなかったのか、なんであんなに好きだったのにここまで冷めきってしまったのか、あの日刀ミュのチケットを譲渡に出さずに素直に劇場に向かい佐藤さんの演技に魅了されていれば、2.5次元というお仕事に真剣に取り組み成長されるお姿を目の当たりにしていれば、まだずっと好きで入れたのかもしれない。誰がこのブログを目にしてるのかわからないが佐藤さんのファンの方はいい加減腹が立ってくると思う頃だが、この約一年的まともにインタビューも何も目にしてないので本人の意思や思想、目指したいものが全くわからないので許してほしい。


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刀ミュの大成功に影響されたのか、「舞台×ライブ」という舞台構成は、社内社外関係なく2.5次元舞台ではよくあるパターンとして定着しつつある。むしろ、2.5次元舞台じゃなくてもペンライトを振る舞台も多い。俳優さんにうちわやペンライトをふり、ファンサをされ、観に行くのではなく見られに行くのが当たり前の世界になっている。アイドルステージがアイドルステージである最大の特徴が、当たり前のように、原作のある2.5次元舞台で利用されている。制作側がドルステの存在など知らないで舞台構成を組んだことと同じように、うちわやペンライトを振る「若手俳優ファン」もまた、ドルステの存在など知らないのである。


アイドルステージは第1弾から続き現在第4弾まで続くシリーズだが、最大の特徴を2.5次元ブームにむしりとられた今、わたしは本当に心の底から存続の心配をしている。テニスや自転車に出ている若手俳優が原作がある舞台で芝居とライブをやるのと、初々しい若手俳優がオリジナルの脚本で芝居とライブをやるのとでは、客の入る数が全く違うことなど誰しも予想ができることだ。


アイドルステージそのものの知名度の低下により、今現在においてアイドルをお友達だと当たり前のように言い張る「お友達のファン」が殆どである。勿論全く無関係の人にドルステの世界観を押し付けたり強制したりするほど鬼ではないが、せめて推しが最後まで大切に守り抜いた世界くらい理解をしていただけないだろうか。


わたしは佐藤さんのファンであったがヤマトくん推しではないかなり特殊な立場であったのでこのような意見のブログになったが、佐藤さんのファンでなおかつヤマトくん推しであった「赤リボン」さんにとっては、この件は本当にデリケートで辛い案件であると思う。あくまでも全て佐藤さんのファンとしての立場で書かせてもらったので、ぷれごのファン全員が全員わたしと同じ意見ではないし、むしろ共感できる人の方が少ないと断言できる。


アイドルステージに登場する彼らが生きた世界は今どこにあるのか、大和京介は今どこに居るのか。ヤマトくんが「りゅうじくん」と呼ばれるたびに、小さな光は遠のいていくのである。


推しを失ったドルオタがV系バンドのライブに行ったら涙が止まらなかった話

8月のとある日、姉の誘いでとあるV系バンドのライブに初めて参戦した。V系はもちろんJポップアーティストのワンマンライブすら行ったことがなかったわたしにとって、「人生初ワンマンライブ」であった。

 

客席の盛り上がり方は少し特殊で、「ヘドバン」や「咲き」などはなんとなく知っていたのだが、曲全てにふりつけ?のような手や身体の動きがあることは知らなかった。その中の1つに「ハート」というものがあった。ざっくりいうと、手でハートを作って1番好きなメンバーに向けるというシンプルかつストレートな仕草である。この「ハート」が、のちにわたしを号泣させることになる。

 

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去年10月、大好きで大切なアイドルグループが、ライブの後突然解散を発表した。その時のことはよく覚えていないのであまり細かくは書けないが、ただ涙を流したことは覚えている。わたしはそのアイドルグループのメンバーのある1人が好きで、本当に大好きで、本当に本当に本当に大好きなアイドルだった。その日を境にそのメンバーは「芸能人」から「一般人男性」になった。

 

わたしはずっと、「芸能人」に恋心を抱くことは、「愚かで醜く下劣な行為」だと認識していた。代表的な例だと「ガチ恋」と呼ばれ、「ガチ恋ではない普通のファン」からは、「ガチ恋」は下等で下品で醜い生物として認識され徹底的に嫌悪される。アイドルであればパフォーマンスを評価すべきであるし、ただ「恋をしているからぜんぶが好き」という感情は、間違った忌むべき感情であると、そう思っていた。そんな中、はっきりと具体的に想いを伝える機会もなく、ある日突然そのアイドルとは永遠に会える機会を失った。

 

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話をV系バンドに戻そう。

その「ハート」という仕草にも一定の決まりや法則があって、わたしがその日初めて目にしたタイミングが、曲中のサビの「愛してる」という歌詞の部分で、会場が一斉にハートを飛ばしたタイミングであった。わたしはその光景を目にして、「なるほど、ここのサビでは好きなメンバーにハートマークをつくるふりつけをするのか」と至って冷静な推測をした。そしてふと「わたしも好きな人に手で作ったハートマーク送りたかったな」という想いが胸をよぎった。次の瞬間、お気に入りの曲が続き盛り上がっていたにもかかわらず、突然わたしの涙腺は一気に両目から大粒の涙を溢れさせた。自分でも何が起きたのかわからないまま、サビの「愛してる」と客席のハートが繰り返される度に首まで濡れるほどぼたぼたと泣いていた。

 

今冷静になって考えてみると涙の理由は色々と考えられるが、おそらく1番は「好きな人に好きと言える幸せ」だと思う。ある人はステージに居るメンバーに向かって、ある人はセンターステージのメンバーに向かって、色々な方向に向けてハートマークを飛ばしている。会場の何千人というファン全員が、一斉に「恋心」をメンバーに向けている。今日のためにお休みをとって、今日のためにたくさんおめかしして、今日のために何度も何度も辛い夜を越えて、やっと会えた今日のこの日に、好きな人に好きと伝える。その光景が、あまりにも美しくて、綺麗で、ぁあ、わたしも好きな人に好きって伝えたらよかったなって、感動と切ないのとで、多分わたしは泣いていたのだと思う。そのあとも、バンギャがメンバーに恋をする歌で、田舎の小さなバンドがこうして大きな会場に立てたという話で、ふとした場面の歌詞、お話で、数え切れないくらい何回もわたしは涙を流した。

 

余談だが、そのV系バンドのファンの多くはいわゆる「病み可愛い」と呼ばれるメンタルの弱い少女たちである。こんなクソみたいな世界生きてたって仕方がない、学校も親もうざい、死のう、死ねないから手首でも切ろうーーー。常に自分の死と隣り合わせの彼女たちは、ライブに来ることによって生きる活力を貰っている。

「生きることを諦めるな。夢を持てとか、そういう話じゃなくて、とりあえず生きていれば、『なんかある』から」

ライブの終盤にバンドの中心人物であるボーカルの方が挨拶で仰っていた言葉だ。きっとこのライブは、会場の大勢の少女の精神安定剤になったのだと、周りと一緒に泣きながらぼんやりと考えていた。

 

ライブは大きなトラブルもなく無事に終了し、次回公演の告知がモニターで行われた。その際、一瞬このバンドが解散するかのような演出が行われ、恐怖とトラウマが込み上げきて最後の最後でもう一度泣いて、わたしは会場を後にした。終電間際の静かな帰りの電車で、わたしは今一度あの時の「ハート」を思い出していた。わたしも好きな人に好きって伝えたいのになんでもう居ないんだろう。そう考えるとまた涙が出てきて、あわててカバンから出したタオルがそのアイドルの解散ライブのタオルで、追い打ちをかけられ、結局そのあとわたしは20分以上ずっと信じられないほどの量の涙を声を抑えながら流していた。

人生の初のライブは本当に楽しかった。圧倒的なパフォーマンスはもちろん、沢山の愛の形を知り、本当に美しかった。そして、わたしも「好きな人が好き」という気持ちがより一層強まった。

 

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今現在「芸能人」の方に恋をしている方へ。

 

自分自身を醜く気持ちの悪い存在だと自覚していながらも、吐きたくなるくらいの恋心に毎晩押しつぶされそうになっていると思います。ただ、「好きな人に好きと言える幸せ」だけは絶対に忘れないでください。幸せがあたりまえになると、その幸せの価値がわからなくなってしまいます。明日や来年はあたりまえなんかじゃありません。

 

会える機会があるなら、何としても絶対に会場に足を運んでください。

伝えたい思いがあるなら、たとえ開封されないと知っていてもお手紙を書いてください。

 

どうか自分の「恋心」を自分なりに最大に表現をしてください。好きな人に好きと言える幸せを、改めて、認識してもらえたら、幸いです。

 

神奈川が「なんか好き」

 

梅雨になり雨の降る日が多くなった。日本の梅雨の風物詩といえば紫陽花だ。わたしの中で紫陽花といったら鎌倉の長谷寺なのだが、それにしても神奈川県ってなんでもありすぎじゃないか。なんか好きなのである。

 

まずは横浜。言わずもがな関東最大の港街である。なんかかっこいい。赤レンガ倉庫。なんかかっこいい。海、いいね。あの遊園地の観覧車も綺麗。なんか、でっかいスーパーもチョロチョロするの楽しい。都内ではない都会といったら横浜な感じがする。なんかおしゃれだし綺麗だし。

 

次に相模湾沿いのあのへん。藤沢とか、茅ヶ崎とか。鎌倉は湘南に含むのかな?どうだろう。江ノ島とかもいきたい。わたしは高校の時テニプリ立海が好きだったので無意味に藤沢市を徘徊したことがある。しかも元旦。1月1日。ほぼ無人の立海のモデル高校の周りをウロウロしてニヤニヤしたり、相模湾を無限に歩いて迷って遭難しかけたり。(話すと長くなるのでこの話はまた今度)当時ガラケーだったので写メは残ってないのだが、海が綺麗だった。そんな思い出。

 

あと箱根。温泉。駅伝。山。なんかいっぱいある。エヴァとかペダルのあれのとこだね。温泉いきたいね。神奈川なんでもあるね。あと、横須賀とか、小田原とか色々ある。あと、都内走ってる電車の終点とかだったりするので名前だけやたら知ってる。

 

 

とにかく、わたしが言いたいのは神奈川は名所がいっぱいあって羨ましいなって話。お国自慢じゃないけど、地元が充実略してじもじゅうってめっちゃいいことだと思う。普段住んでる人からしたらなんでもないかもしれないけど。そんな神奈川が「なんか好き」。

 

 

人間じゃないから人間になれない

流行の服を着こなせる子が、「可愛い女の子」だと思う。


そもそもわたしにとって、可愛い女の子の基準は、ぱっちり二重でもスラッとした手足でもなく、「ふつうに可愛い女の子」だと思う。まぁ二重で痩せてて笑顔のキュートな女の子がサイコーに可愛いにこしたことはないのだけど。


例えば流行のガウチョパンツなんかは、人間の203493倍はウエストのあるわたしが着ると魔人ブゥがごとくへそから下が球体になる為着ることができない。なんか、ゴムボールに人間が入るやつあったよね。あんな感じ。これからの季節大活躍なマキシワンピースも、わたしのように人間じゃない体型の女が着ると完全にマタニティになるから着れない。


つまり、人間じゃない容姿の女は、何を着るにしても人間のコスプレなんてすることができないのだ。だったらせめて、超ウルトラグレートデリシャス大車輪ダサくとも身体のラインが出ない服が着たい…とクッソダサい組み合わせのクソみたいな服を着るのだが、だから身体のラインが出る出ないとかの問題ではなくてそもそも人間じゃない容姿をしているのが悪なのである。わたしのようなオークが、人間じゃないのに人間様の衣類を着こなそうなど20379802奥万年早いのである。




人間じゃない容姿は「悪」だ。


醜態という重き十字架を背負い、せめて、せめて人間様に近づくべく人間らしい容姿になるよう金と時間を費やしても、結果として最終的に現れなければ意味がない。自分は今は醜女だがこんなダイエットをしてる、これこれこういうエステしてる、とアピールしたところで、現在進行形で醜女であるから以上何のえばる価値もない。何故ならアピールしている相手は「人間の容姿」だからだ。勿論、人間の容姿の彼女たちは人外のわたしには想像もできないくらいの努力と時間とお金を費やし、人間の容姿を保っている。醜女は勘違いしがちだか、何の努力もせず生まれた時のまま美しい容姿を保てる人などほとんどいない。人は皆年をとれば老いるし、食事をとれば太る。



己の怠惰を呪う暇があるなら食事を抜き運動をし、己の容姿を祟る暇があるなら美容整形費用の為に労働すべきである。前述した通り何をどう施そうが現在進行形で永遠に醜女であることには変わりがないが、だからといって何もしないで日に日に醜くなれとは言っていない。せめて人間に近づくべく「工夫と行動」をすべきだとわたしは思う。


世間一般の女の子の比較して自分は醜い容姿である、という考えは決して脅迫概念ではない。紛れない事実なのである。


人間じゃないから◯◯ゲやってる

去年の秋頃、ずっと気になっていた男性向けアダルトゲームを購入した。

KISS社より販売されている「カスタムメイド3D2」だ。

ひょんなことから、エンパイアクラブと呼ばれる超高級クラブのオーナーになった主人公が、自分の好みの女性メイドを従えて様々なこと(内容は割愛)をしていくゲームである。

従来アダルトゲームと言うと、静止画の立ち絵があり、その下にウィンドウが表示されその文字を萌え萌え声で読み上げ、然るべきシーン(内容は割愛)ではスチルと呼ばれるイラストが表示される…というイメージであったが、カスタムメイド3D2は全く違う。

その名の通り、3Dなのである。静止画という概念がない。また、3DCGソフトウェアと同じくXYZ軸概念があり、どのアングルからでもギュルンギュルン動かせる。そして動く。まばたきはもちろん、女性らしい可憐な仕草や細かい表情の変化など…とにかくすごい。

また、カスタムメイドの醍醐味と言ってもいい機能が、カスタム機能である。好きな髪型、髪色、瞳、身長、各部位のお肉のつき方…などなど、これでもかというくらい細く指定できる。好みのキャラクターにカスタマイズし、そのキャラクターとゲームを進めることが出来る。すごい。



また、ゲームの舞台が高級クラブということもあってか、ゲーム自体も非常に上品で落ち着いた雰囲気の世界観となっている。



体験版ではカスタマイズ機能まで楽しめる。ノートパソコンでも動くっちゃ動くが、焼肉焼けるんじゃね?ってくらいパソコンは発熱し轟音を鳴らすのでデスクトップでの利用をおすすめする。ちなみにわたしはカスタマイズメイドを買うためだけにWindowsのデスクトップを購入した。こういうアホみたいな買い物をするから金が無くなるのだ。



カスタムメイド自体は男性向けのゲームであるが、小学生の頃に流行ったあの数字書いて目とか髪型とか服装とかチェンジするやつ感覚で、ぜひ女性にもプレイしてもらいたいゲームである。

人間じゃないから唇が痛い

昨年の10月くらいから、唇の炎症に悩まされている。


現在の病状としては、唇とその周りの皮膚が赤く腫れ上がっていて、薬用リップクリームを塗らないと痛くて耐えられないほど。


炎症の原因は大きく二つ考えられる。


一つ目は、冬の間の暖房をつけたま間の睡眠。冬の時期は口角(口の両端)から毎日203765020379億リットル出血する、口角炎もセットで悩まされていた。口角炎自体はしかるべき薬を塗り暖房の時期も終え完治したが、唇の炎症は引かない。また、これから冷房の時期にもなるので、冬の二の舞にならないようつけたまま寝ないようにしないと今度こそくちびるおばけになってしまう。ただでさえ醜女なのにこれ以上は本当に勘弁してほしい。

二つ目は、ストレスによるもの。ご存知の通り万年金欠女なので学校のない日はフルで出勤しないと年度末の学費納入に間に合わない。バイト自体は過酷な職場ではないが、先日は疲れからか久々に高熱を出し結局バイトを休んでしまうというプラマイゼロむしろ今でも咳が出るのでマイナスという結果になってしまった。ドリンク型のビタミン剤を飲んでもむしろそのビタミン剤がくちびるにしみるのでなんだかもうどうしたらいいのかわからない。何故ストレスの先が唇に行くのか。何故なのか。

原因を追求したところでその原因に対して対処のしようがないので(暖房は過去のことだしバイトは休めないし)、とりあえず色々な薬用リップクリームを試しては使い切り試しては使い切りの日々を繰り返している。本当に常に塗った状態じゃないとひりひりしてヒスを起こすので、この日々がこれから先もずっと続くのかと思うとやはりこの世は地獄なのだと思う。